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札幌地方裁判所 昭和34年(ワ)344号 判決

主文

一  被告は、原告に対し金一、八三九、六二五円およびこれに対する昭和三四年五月二四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用中原告と被告の間に生じた分は被告の負担とし、参加に関して生じた費用は補助参加人の負担とする。

四  この判決は、原告において金六〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告は、「被告は原告に対し金一、八七五、六二五円およびこれに対する昭和三四年五月二四日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

二  被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者の主張

一  原告の主たる請求原因

1  被告は、倉庫営業者であるが、被告補助参加人増本製茶株式会社(以下「増本製茶」という。)から物品の寄託をうけ、その請求により、別紙目録(甲)、(乙)各表示の倉荷証券(以下「甲」、「乙」の倉荷証券という。)二通を作成し発行した。

2  原告は、(甲)の倉荷証券については、これを昭和三二年一〇月二六日増本製茶から裏書をうけてこれを取得し、(乙)の倉荷証券については、増本製茶から訴外品田商事株式会社へ、同会社から訴外富士殖産株式会社へ、昭和三三年四月一四日同会社から原告へそれぞれ順次裏書されて原告がこれを取得し、原告は現にこれを所持している。

3  原告は、昭和三三年八月頃右寄託物を処分しようとして、その内容を検査したところ、右証券に記載されている寄託物は次のように全く品違いのもので、内容はせいぜい価格合計金三八、〇〇〇円程度のものであることが判明した。

(一) 全部煎茶粉一〇貫目入のもの五函、合計一万円相当

(二) 全部煎茶一〇貫目入のもの四函、合計二八、〇〇〇円相当

(三) 茶袋をつめたうえに番茶粉を薄くかぶせてあるもの二九函無価値

(四) 茶袋をつめたうえに煎茶を薄くかぶせてあるもの一函無価値

(五) 全部茶袋類をつめてあるもの二一函無価値

4  前記(甲)、(乙)二通の倉荷証券で表示されたものは緑茶六〇函であり、その価額は右証券に表示された火災保険金の総額金一、九一三、六二五円として評価され、この価額のものとして右証券が取引されている。ところが、その内容は前記のように右証券に表示されたものとは全く異り、その実際の価額は合計金三八、〇〇〇円程度のものにすぎず、被告は(甲)、(乙)二通の倉荷証券に記載されたとおりの物品を引渡すことができないことが明らかとなつた。ところで、倉庫営業者が倉荷証券を発行したときは寄託に関する事項は倉庫営業者と所持人との間においてはその証券の定めるところによるべきことは商法第六〇二条、第六二七条の規定上明白であるから、被告は、(甲)、(乙)二通の倉荷証券の発行者としてその善意の所持人である原告に対しそれらの証券に表示された受寄物を返還する義務を負うところ、その義務を履行することができず、ために、原告は、右証券に表示されたとおりの価額の物品の引渡をうけることができず、その実際の価額との差額金一、八七五、六二五円相当の損害を被つた。被告の右所為は債務不履行(履行不能)を構成し、被告は、原告に対しその被つた損害を賠償する義務がある。

5  よつて、原告は、被告に対し、損害賠償として、金一、八七五、六二五円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三四年五月二四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  原告の予備的請求原因

1  仮りに被告の右所為が債務不履行を構成しないとしても倉庫営業者は、倉荷証券を発行するにあたりその受寄物を検査し、これと右証券の表示とを一致させる注意義務があるのに、被告はこれを怠り、本件受寄物を増本製茶から寄託をうけるにあたりその内容を何ら検査することなく、慢然寄託者である増本製茶の申出のみに従つて受寄物について実際のものと異る表示の(甲)、(乙)二通の倉荷証券を作成し発行した過失により、原告は、右証券に表示されたとおりの物品の引渡をうけられるものと誤信して前記のとおりの経緯で(甲)、(乙)の倉荷証券を取得したため、実際には価額合計金三八、〇〇〇円相当の物品をうけられたにすぎず右証券に表示された物品の価額合計一、九一三、六二五円との差額金一、八七五、六二五円相当の損害を被つた。被告の右所為は不法行為を構成し、被告は、原告の被つた損害を賠償する義務がある。

2  よつて、原告は、被告に対し損害賠償として、金一、八七五、六二五円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三四年五月二四日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  請求原因に対する被告の答弁

1  主たる請求原因事実第一、二項は認める。

2  同第三項のうち、本件寄託物の内容およびその価額が原告主張のとおりであることは知らない。その他の事実は否認する。

3  同第四項のうち、(甲)、(乙)二通の倉荷証券に表示された緑茶六〇函について合計金一、九一三、六二五円の火災保険が付けられていたことは認めるが、右証券に表示された緑茶六〇函の価額が右証券に表示された火災保険金の総額金一、九一三、六二五円として評価され、この価額として右証券が取引きされたことおよびその余の事実は否認する。

被告において何らかの責任の原因があつたとしても、(甲)、(乙)二通の倉荷証券に表示された火災保険金額を損害賠償額の基準とする原告の主張は次に述べる理由により全く理由がない。被告は、(甲)、(乙)二通の倉荷証券記載の物品の損害保険につき、訴外千代田火災海上株式会社との間に締結していたのであるが、その内容は火災保険倉庫特約証書乙号に従つていた。右契約には保険の目的物が火災にかかり保険会社の填補額を定めるに当つては該目的物の罹災の時における価額による旨の特約がある。そこで本件の場合右証券の品名欄に記載したものと実際の中味とが異つていたのであるが、このまま火災にかかつたとしても結局実際の中味の罹災時の価額を填補されるだけであつて決して同証券の火災保険金欄に記載された金額を填補されるものではなく、全焼したとしても箱代を含めて金七四、〇〇〇円を出るものではない。従つて原告が主張する倉荷証券に記載された火災保険金額を損害賠償額の基準とする主張は全く理由がない。

4  予備的請求原因事実は否認する。

五  被告の抗弁

1  仮りに原告主張のような損害があつたとしても、(甲)、(乙)二通の倉荷証券の約款には、「受寄物の内容を検査することが不適当なものについては、この種類、品質および数量を記載しても当会社はその責に任じない。」として定められている。本件寄託物は次のとおりその内容を検査することが不適当なものであつたから、被告は、右約款により責任を免れ、損害賠償の義務はない。すなわち本件寄託物は、中味は製茶であり、その容器自体もその内部に錫箔をすきまなくはりつめられておつて湿気を絶縁する構造となつていること、容器もそのふたと本体との境目の各面には一本或は二本の小さいかすがい釘が打ちとめてあり、そのうえに茶箱専用の封印紙で秘封されていて、中味を検査することが容易にでき難い外装となつていること、本件寄託物の重量は寄託者の申出に合致していたこと、本件寄託物は外装が新品同様であつて中味をとり変えたような疑問をはさむ余地がなかつたこと、緑茶は茶箱をあけて外気に触れるとそれだけで変質をおこし、検査だけの目的でふたをあけまた秘封したとしても、それだけで商品価値が下落する性質のものであること等以上の理由から本件寄託物は内容を検査することが不適当なものということができる。

2  仮りに右の主張が理由がないとしても、被告が(甲)、(乙)二通の倉荷証券を発行するについて、受寄物の内容を検査しなかつたこと、また検査しなかつたことを証券の摘要欄に記載しなかつたとしても、次のような理由により、被告の責に帰すべき事由がなく、原告に対し損害賠償責任を負ういわれはない。すなわち、

(一) 前記のとおり、本件受寄物が検査するのに不適当なものであつた。

(二) 被告は、寄託主増本製茶から同一品名の茶箱を昭和二三年九月から継続して寄託をうけており、その数は年に三三〇個から八九三個にのぼつており、受寄物の大部については倉庫証券を発行していたのであるが、茶箱の内容について、これまで一度も問題を起したことはなかつた。また、昭和三二年だけをとらえても、本件の物件を受寄した昭和三二年九月三〇日以前において増本製茶から受寄して倉庫証券を発行した分について右日時より以前に該倉庫証券により出庫した分が別紙一覧表(一)のとおりあつて、いずれも問題を生じていない。

(三) 従つて、被告が増本製茶から本件の物件を受寄するにあたっては、昭和二三年以来長期の継続的な取引関係にあつては全く事故がなかつた事実から、増本製茶に対し高度の信頼をおいていたものであつて、前記の受寄物が検査をするのに不適当であつた事情と相俟つてこれまでの受寄物と同様、本件寄託物を検査しなかつたこと、また検査しなかつたことを適要欄に記載しなかつたとしても、被告に過失はなく、責に帰すべき事由は存しない。

3  仮りに右の主張が理由がないとしても、増本製茶から搬入される茶箱について、従前原告は被告に対し別紙一覧表(二)のとおり原告名義で証券の発行を要求しており、しかも該受寄物についていずれも検査しなかつたにもかかわらず、原告は検査を要求したこともないし、検査をしなかつたことを各証券の適要欄に記載することを要求したこともなかつた。従つて、原告が本件証券にのみその欠缺を主張し被告の責任を問うことは信義に反する。

4  仮りに右主張が理由がないとしても、被告は、現在寄託をうけている物品を引渡すことにより、原告において認めている残存価格金一八、〇〇〇円のほかに箱代として金三六、〇〇〇円(単価六〇〇円)の価値があるから、残存価格は少くとも金七四、〇〇〇円存在し当然損害額から控除されるべきである。

六  被告の抗弁に対する原告の主張

1  被告主張の抗弁事実第一項は争う。本件の倉荷証券が商法第六〇二条、第六二七条により文言的効力を与えられていることは疑いなく、文言に反する主張はすべて許されないことは前記のとおりである。品物違いの場合には倉荷証券表示のとおりの物品を返還すること能わざる場合として損害賠償をなすべきものであつて過失の有無を論ずる余地はない。

2  同第二項は争う。

3  同第三項のうち、原告が本件以前において増本製茶から搬入された茶箱について被告主張のとおり倉荷証券の発行を要求しており、それらの受寄物についてはいずれも被告主張のとおり検査をしなかつたことは認めるがその他の事実は否認する。

4  同第四項は争う。

第三  証拠(省略)

別紙

目録

(甲)(1)証券番号二一八四

(2)受寄物の種類、品質、数量およびその荷造の種類、個数ならびに記号

木函入緑茶三〇個、内熊切茶一一、五貫目入一五個、川根一二貫目入一五個昭和三二年度産

(3)寄託者の氏名又は商号

増本製茶株式会社

(4)保管の場所

札幌市北六条西一丁目一二番地第二〇号倉庫

(5)保管料

一期につき金四八円七〇銭

(6)保管期間

昭和三二年一二月二九日まで

(7)受寄物に対する保険金額、保険期間および保険者の氏名又は商号

火災保険金総額金一、〇〇四、六二五円、入庫から出庫まで千代田火災海上保険株式会社

(8)証券の作成地およびその作成年月日

札幌市、昭和三二年九月三〇日

(乙)(1)証券番号二一八七

(2)受寄物の種類、品質、数量およびその荷造の種類、個数ならびに記号

木函入緑茶三〇個 昭和三二年度産

(3)および (4)(甲)と同じ

(5)保管料

一期につき金四四円八八銭

(6)保管期間

昭和三三年一月一五日まで

(7)受寄物に対する保険金額、保険期間および保険者の氏名又は商号

火災保険金一個につき金三〇、三〇〇円、総額金九〇、九〇〇〇円、入庫から出庫まで、千代田火災海上保険株式会社

(8)証券の作成地およびその作成年月日

札幌市、昭和三二年一〇月一六日

別紙

一覧表(一)

〈省略〉

別紙

一覧表(二)

〈省略〉

〈省略〉

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